もう一つのもの作り

山口泰子 1959年入学

1960年代。まだアメリカはバラ色で、工業化と大量生産による豊かな消費文明を謳歌し、日本は必死にその後を追っていた。

1971年。私は採用第1号なら先輩に頭を押さえられずにすむというノーテンキで選んだ会社、日立化成で設備ユニットの開発デザインをしていた。誇り高き技術者集団の中で、衝突しながらもデザイナーの存在を認めさせたという実感があったが、ふっと立ち止まっていた。大企業に居続けることへの疑問だ。

 とりあえず辞めた。これもノーテンキで寝袋背負って旅した先は赤道直下のボルネオ島、旧イギリス植民地マレーシアのサバ州だ。

「君ねえ、工業デザイナーたるもの最初のカルチャーショックは先進地・欧米で体験すべきだ。ボルネオってのは致命傷だね」という先輩の言葉は正しかった。

 直訳するとJust nowになるスカランというマレー語は前後半日を含む。MinuteHourに当たる単語はない。ほとんどモノのない竹とニッパヤシの住まいで涼む人々。そこには無限の時間と空間があった。

 帰国した日本はドル・ショックに揺れてはいたが、巷にはモノが溢れかえっていた。そして、工業製品が何とみすぼらしく見えたことかだろう。欲しいモノが何も無い!デザイナーはこんなモノを世に送り出す職業か。

 勤労意欲ゼロでうろうろしていた私が、やっと見つけた欲しいモノ。それは赤い漆塗りの大椀である。「今日のクラフト展」と題する展示会でのことだ。この椀、12万円也。当時の私の2ヶ月分の食費だ。「よしっ、稼いで買うぞ!」。私を工業デザインに復帰させたのは、皮肉にも手技の塊のような漆の椀だった。

過去、日本人の生活道具は木・竹・漆・土などを素材に職人の手技で作られ、長い歴史と多様な風土の中で見事に育っていた。職人からは問屋の下請け仕事を脱して、時代に対応した新しい商品を創り出す人々が生まれていた。この、工業とは別の系に属するもの作りをCraft、その作り手をCraftsmanと呼ぶ。

 6070年代は、プラスチックや金属の量産品がクラフトを市場から駆逐して行く時代でもあった。クラフトは独自の流通システムを必要としていた。椀との出会いだった展示会は、工業デザイナー・秋岡芳夫と共鳴者たち、グループモノ・モノのクラフト再考(再興)運動の第一弾だった。工業デザインで食いながら、私がのめり込んだこの運動のテーマはクラフトの流通。

デパートが競ってクラフト売り場を設け出し、80年代は運動が功を奏したかに見えた…が。

 話は飛ぶ。グローバリゼーションとインターネットはクラフトの世界も変質させた。歴史と蓄積した技術を共有してきた産地が崩壊する一方で、若者たちが個々にモノを作って売り始めたのだ。販売の場は催事とWeb上のマーケット・プレイスである。検索エンジンに「クラフト・フェア」と打ち込めば、400を超す催事が現れ、Webのマーケット・プレイスには膨大な数の作り手が登録している。この新しいデジタル世代の作り手をCrafterとくくろう。兄弟子にしごかれることなく育った彼らの作るモノは骨細で、「手作りのゴミ」を作っていると悪評さくさくだ。が、「自前の生産手段をもち、組織から解放されて自立して生きようとする人々」の大量発生だともいえる。モノ・モノの課題は、アナログ世代が皮膚を通して蓄積したすばらしい哲学とノウハウを、どうやってCrafterたちに伝えるかに変わる。

 2015年、私は息子ほどの若い世代と手を組めた。しばらくは二人三脚だが、間もなく完全にバトンタッチする。その先は?ノーテンキ。

 

プロフィール

氏名:山口泰子(やまぐち やすこ)

入学年・学部:1959年 工学部工業意匠学科

卒業後、不二サッシ、日立化成工業を経てメガネフレーム開発のかたわら手作り産業再興や流通に関する企画にたずさわる。

モノ・モノ代表取締役

名前はペンネームでも構いません。

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